チヨヅル号通信

チヨヅル号通信


チヨヅル号通信

チヨヅル号通信27

 「かりこぼうず」というのは、米良地方の「カッパ」のようなものである。ただ、全国各地のカッパと違うのは、1年を通じて水に棲むのではなく、山に半年(秋の彼岸から春の彼岸まで)、川に半年(春の彼岸から秋の彼岸まで)なのである。
米良の人々は、秋にトラツグミの鳴き声を聞くと「ホーラ、かりこぼ(かりこぼうず)が、山に帰りよるよ」と言い、春にトラツグミの声を聞くと「かりこぼ」が戻ってくるという。さらに、山師やマタギたちの多くは、「かりこぼ」を見たことがあるといい「ほいほい」と声を発しながら山を越えていくという。かりこぼうずは、水神さんであり、そして山の神でもあるのだ。

2004-09-29 20:40 | General | kita


天神の喧騒

 天神ってマチは、「工事中のマチ」だと思っている。かれこれ20年かなー、いつも工事中だ。最初は、天神地下街だろうか。そして、地下鉄。さらに、地下鉄……。その表面は、分厚い鉄板であって、その下は工事中。けばい標識で囲われた工事現場では、最盛期であれば、数百人の作業員が働く。

2004-08-29 12:16 | General | kita


チヨヅル号通信26

 かつて、旧東米良村に八重(はえ)という集落があった。一の瀬から銀鏡(しろみ)にいく途中の、急な坂道を登った所。今は数件の民家が斜面にへばりつくようにあるのみだ。ある日、神楽の画家・弥勒祐徳さんは、この急な坂道を一人で下っていたという。下から、看護婦さんを伴った白衣のお医者さんが上がってくるのが見えた。体をひねるようにしないと離合できない細道。こんな田舎に往診かな――と思いながら、すれ違いざまに白衣の人物の顔を見た。苦労を重ねた顔なのに何とも優しい表情。「この人は凄い医者どんじゃ」と直感したという。
濱砂先生

2004-07-21 12:35 | General | kita


チヨヅル号通信25

 銀鏡の人々のもてなしを受けて、すっかり満腹した私は、神楽が舞われている境内に戻った。素朴な横笛の音、谷間にこだまする太鼓の響き。午後9時、辺りはすでに氷点下の冷え込みだろう。中学生ぐらいの男の子だろうか、白装束に鈴や扇を持ち、一心に踊っている。見物人たちは凍えているのだが、舞い手はうっすらと汗をかいていた。祭場を取り巻いた観衆の中に、画帳を持って座り込み、射るような眼差しで舞を見つめている人物がいた。人々が「弥勒先生」と呼ぶ、西都市の画家・弥勒祐徳さんだった。
弥勒先生

2004-07-18 10:35 | General | kita


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